「それは、私たちにはできません」。
AppBankの二人にはじめて会った日、「電撃ゲームスの
iPhone連載でライターをやってもらえないだろうか?」という僕のオファーは、
@entrypostmanさんにあっさり断られた。
「私たちはライターではありませんから。雑誌という場で読んでもらうことを前提にした文章を書いたことがありませんし、雑誌に載せていただくようなものを書けるとも思っていません。
アスキー・メディアワークスさん含め、いろいろなところからそういうお話はいただいているのですが、すべて、断らせていただいてるんです」。
@entrypostmanさんは、よどみなく、一気にここまで話し、僕の申し出を断った。腹が立ったということはない。ただ、こうもあざやかに断られるとは思ってもいなかったので、多少、面食らった。となりの
@appbank君に目をやると、彼はずっと
MacBookをのぞきこんで、かちゃかちゃやっている。ほぼ、会話には参加していない印象だ。ただ、僕はあまりそういうことは気にならない。たいていの会議中、僕自身がそうだからだ。耳だけ動作していれば、それでこと足りるミーティングが多い。
不思議だった。いくら立て板に水のスピード感で気持ちよく断られたとしても、自分の提案にNGが出たのだから、僕ももうちょっと不愉快な気持ちになってもよかったと思うのだが、
@entrypostmanさんの話術が、それを封じていた。ミーティングとは、多少のコンフリクトがあっても、それを乗り越えるために集まり、結論を導き出す場だ。その基本的なことに忠実に、
@entrypostmanさんは話しているだけなのだ。いや、そうなのか? あるいは、代案があるのか? 一瞬、僕の中に逡巡があったが、答えは前者でもあり、後者でもあった。
「その代わり、私たちからリストを御提供することはできます。たとえば今、
アスキー・メディアワークスさんの本でもそうやっているのですが、私たちからリストをお渡しして、それを参考にしていただいています。それならOKです。あと、私たちはそれで
ギャランティはいただいていません。それは本業ではないですから。私たちがそうすることで、少しでも
iPhoneアプリの市場がもりあがれば、それでいいんです」。
@entrypostmanさんは完璧だった。答えはすべて用意されていたかのようだった。「じゃあ、それで……」とかなんとか、よく覚えてはいないが、僕は適当に答えていたに違いない。ライターとして協力してもらうことはNGだったが、リストがもらえる。それならOKだ。そのリストをもとに、これまでいつもそうだったように、ライターなんか使わずに僕が自分で書けばいいのだ。そう思えるから、僕は案外、いろいろなことに妥協できる。
驚きは、その直後にやってきた。
依然として
@appbank君は
MacBookに視線を落としたままだったが、
@entrypostmanさんが勢いよく話し出したのは、「ポケットべガス」構想だった。
年末にオンライン対戦ゲームのアプリをリリースしようと考えている、めちゃくちゃ優秀なスタッフを確保することができた、最初にリリースするのは対戦型の
ソリティアだがポーカーや
ブラックジャック等のトランプゲームは追加していく、イメージは宇宙カジノ、アプリは無料でリリースしてゲーム内のコインを買ってもらうアプリ内課金を採用する予定だ、私たちはブログメディアではない、私たちが本当にやりたいのはこれだ……。
直感。
そのころの僕はまだ、アプリ内課金がどういうものなのかもわかってはいなかった。なんとなく「オンラインゲームのアイテムを買ったりする仕組み」程度の認識しかなかった。正直、
@entrypostmanさんの話を完全に理解できたわけではなかった。ただ、直感だけがあった。ここから、自分の知らない、なにかすごいことがはじまろうとしている。それは、長年、
PlayStation、
コンシューマゲームの世界で僕が見てきたものとは本質的に異なることだ。そして、
AppBankはライターとして一緒にやる相手ではない。取材すべき対象だ。
それがわかってしまえば、僕の行動原理的に問題はなかった。取材すればいいのだ。取材するということの第一歩は、まず相手を知ることだ。相手を知るために最も有効な手段は、相手の拠点に乗り込むことだ。虎穴に入らずんば……ではないが、それが一番だ。手っ取り早いのは飲みに行ってしまうことだが、この二人は、あんまり飲みそうにないしな……という印象もあった。
僕はまず誌面で「ポケットべガス」を追いかけさせてほしいということをお願いし、それから、電撃ゲームスの
iPhone連載では、毎回、ひとつのジャンルをとりあげたいと考えているので、そのジャンルのタイトルリストがほしい、それを僕の方で見て、アプリをプレイして、そして鎌倉の事務所でいろいろ教えてもらうような取材をさせてほしいということを伝えた。
「えっ? 鎌倉に来ていただけるんですか? それは、ありがたいです」。
この申し出に、二人は軽く驚いたようだった。もし、これがなにかの試合だったとしたら、2対0で負けが決まっていた終盤、最後に僕が一点だけとって試合が終わったような感じだった。スコアレスの負けではなかったことに意味がある……のだが、実際にこの形式で取材が行われたのは最初の2回だけだった。
「12月に、忘年会やるんです。いろんなメーカーさんを呼んで、
iPhoneアプリの話をして、それを
AppBankの記事にして、
ポッドキャストも流すような。そんなの考えてます。ぜひ、倉西さんも来てください。これから
iPhoneの連載やられるんだったら、絶対、プラスになりますから。いろんな人を紹介しますよ」。
別れ際に、
@appbank君に誘われた。「
校了とかぶってなければ、行かせてもらいます」。そう答えながら、僕は、「俺、絶対行くんだろうな」と、心の中で笑っていた。
※この文章はmobile ASCII掲載「鎌倉JAPAN」の取材記として書かれています。内容は、倉西自身の主観に基づくものです。