【狩られ道黒毛 1/2】1975年、夏。石川県金沢市、涌波二丁目。 #MHP2G

※作者急病のため、今回の「狩られ道黒毛」は3年前にブログ公開された記事を収録いたします。 1975年、夏。石川県金沢市、涌波二丁目。ナツいアツでした。失礼。暑い夏でした。1975年夏、小学校2年生の僕。長い夏休み。まだ、ゲームもなければインターネットもなくて、僕、いや、僕たちは、時間をもてあましていました。毎日のように友だちと野球をしたり、裏山を探検したり、何故かお昼ごはんはいつもそうめんだったりして過ごしていましたが、お盆のころになると、みんな、それぞれの田舎に帰ったりもしていました。暑くて長い夏休み。8月15日前後の数日間、僕は太陽と孤独を感じていました。一人になった僕が楽しみにしていたのは、トカゲを捕まえることでした。茶色くて小さなトカゲです。正確にはトカゲではなく、「ニホンカナヘビ」という名前で、学名は「Takydromus tachydromoides」というのだそうです。そんな立派な名前があるなんて知らなかったw　また、捕まえるとはいっても、飼うわけではありませんでした。捕まえても、その場で放していました。放された時のヤツらの素早さといったらありません。一瞬で草むらに走り去り、あっという間に姿は見えなくなりました。僕は、そんなヤツらが、ちょっと好きでした。でけぇ……。そんなある日のことです。一人で外に出かけた僕は、息をのみました。いつもの草むらなのですが、その一点だけ、風景が違います。ありえないくらい大きなトカゲが、石の上にいました。子どものころの記憶なので曖昧なのですが、普段、捕まえていたヤツの数倍はありました。確実にニホンカナヘビ亜種ではないかと思うのですが、胴体の太さが、大人の親指くらいあります。見たこともないくらい大きなトカゲが、そこにいたのです。僕はそいつの背後に回って、足音を立てないように慎重に近づきました。いつものことなのですが、この瞬間は緊張します。下手に音を立てると、トカゲはこちらを見もせずに草むらに逃げ込んでしまいますから。そぉっとそぉっと近づいたその時、そいつは僕に一瞥をくれて、草むらに逃げ込みました。くるっとこちらを振り返り、まるでバカにするかのように、その巨体が草むらに隠れました。しまった……と、思ったのですが、よく見ると、草むらの中に茶色いそいつの身体が見えます。普段ならそんなことはないのですが、そいつはでかすぎて、背の低い雑草の中には隠れきれないのです。それから何度か、その狭いエリアで僕とそいつの接触は続きました。それでも毎回、逃げられました。太陽は容赦なく僕に、草むらに照りつけてきます。疲れてもきました。それでも、あんな大きなトカゲは見たことがありません。これを捕まえないで終わらせることはできない。トカゲハンター。小学校2年生の僕は、奇妙な使命感に燃えていました。ただただ照りつける太陽の光と草むらの緑だけが、そこにはありました。あえて僕は、どん！　と、地面を踏みました。草むらから、ざざっという、そいつが動いた気配が伝わってきます。もう一度、足踏みしてみました。やっぱりざざっという気配があります。どん！　ざざっ、どん！　ざざっ……これを繰り返した結果、おそらくそいつは一辺が1.5mくらいの範囲の中にいるという予測が出ました。僕は慎重に、その範囲を大きめの石ころで囲みました。そいつが動いた気配はしません。もしかしたら、もういなくなってしまったのかもしれませんが、必ずいるはずだと信じて、僕は石ころを並べました。もし、まだこの範囲にいるならば、これで閉じこめることができるはずです。仮にこの石ころを越えて逃げようとするなら、それこそ、捕獲のチャンスです。一辺が1.5mほどの石ころの正方形ができました。正確には3つの辺に石ころを並べました。もう一辺は、コンクリートの塀でした。罠は完成です。そいつと僕の、戦いの舞台は完成しました。もう一度、僕は足踏みしました。ざざっ。四角いリングの中で、そいつが動く気配がしました。いました。ヤツは、まだ、草むらに潜んでいたのです。僕は気配がしたあたりに目をこらしました。います。緑の草の隙間に、茶色い胴体が見え隠れしています。すぐには動けませんでした。慎重に築き上げた罠を、もう一度、確かめました。これがあれば、必ず、あいつを捕まえることができる……。そう確信した僕は、手を伸ばしました。 ※この文章は電撃PlayStation 2010年07月09日発売号に掲載されたものです。